「不登校」をしている時間が育む力とは?自分で判断する経験が、未来を生きる力になる。


 

 止まり木マップにもいくつかのフリースクールが登録されています。

 「フリースクールってどんな場所?」「居場所ってどんな場所?」そこをみたことのない方からよく聞かれる質問です。また「学校に行かない時間は、子ども達にとって何を育てている時間なのか?」親という立場からも、長く不登校の子達を見てきた人に聞いてみたい、という私自身の想いもありました。

 そんな想いから、はじめは止まり木マップの紹介記事から派生したものでしたが、フリースクール全国ネットワーク代表理事でもあり、フリースクールスタッフ養成講座の講師もされている江川和弥さんから、ご自身が運営されている『寺子屋方丈舎』のみならず、フリースクールについて、不登校の子達が持つ力について、スタッフや親など周りの大人の在り方について、たっぷりと語っていただきました。

 フリースクールを知らない人にも、不登校児の親御さん、ホームスクーリングを楽しまれている親御さん、フリースクールスタッフ、多様な学びに関心のある方などなどにも、読み応えのある記事になったかと思っています。

(聞き手:多様な学びプロジェクト代表・生駒知里)

 

●自分自身の不登校経験が契機となって

今日はよろしくお願いします。最初に、寺子屋方丈舎をはじめられたきっかけを教えていただけますか?

江川)最初は27歳から7年間ほど、行政の適応指導教室のスタッフをやっていたんです。自分自身も学校に行かない不登校の経験があったので、学校に行かない子達の為に何かをやりたいという気持ちと、あとはまだ20代だったから、自分はなんで学校に行かなかったんだろう?自分を知りたい、そういう気持ちもあったと思いますね。

 適応指導教室時代も、僕が来る前、元教員の方がやっているときは子ども達が寄り付かない場所だったらしく、僕がスタッフになってから子ども達がよく来てくれるようになったそうです。2人のスタッフで17,8人の子達が来ていましたよ。

最初は自分探しもあったんですね!適応指導教室のスタッフを辞めてフリースクールを立ち上げられたのには理由があるんですか?

江川)34歳でフリースクールを立ち上げたんですが、フリースクールを始めた理由の1つ目は、行政の適応指導教室だと、受け入れたくても受け入れられない子達の存在がありました。やっている自治体の枠を超えて入りたいと来たり、15歳までと決まっているけれど、16歳、17歳の子達もやってくる。受け入れたくても受け入れられない。そういう子達を受け入れたかったんです。

 もうひとつの理由は、『学校復帰』だけを考えると「学校にどうしたらいけるか」とか「学校に何日行けた」とか、目の前の問題だけが取り上げられるのも残念でした。

 不登校になると、学校に行かない時間はどう使ってもいい。せっかくだから自分自身を考える時間、社会と自分の繋がりを考える時間、そういう時間がご本人を育てていける貴重な時間だと僕は感じていました。『学校復帰』が前提にあると急かされてしまう。休んでいても休んでいる意味がない。ご本人なりに向き合っている時間を大切にしようよ、という思いがありました。

●複数事業経営で、保護者に負担が行き過ぎない工夫を

想いを持って始められた。とはいえ、行政から雇われている身と、ご自身でフリースクールを経営されるのだと、経営には苦労されたのではないでしょうか?

 国からの補助金がないフリースクールは経営に苦労しているところも多いと思うのですが、どうされていますか?

江川)フリースクールを始めた当初は、この地域でフリースクールはうちしかありませんでしたね。塾なのか、勉強するのか、勉強しないのか、周りから見ると何なんだかよく分からない場所だったと思います。適応指導教室の子ども達がそのまま来てくれたことでスタートできました。

 今は常勤非常勤合わせてスタッフは15人、そのうちフリースクール担当が2名です。経営は複数の事業をやることで成り立つようにしています。

 学校に行っている子ども向けの週末に行う自然体験のキャンプ事業や、ボランティア主体の子ども食堂、放課後は被災自治体向けの学童保育の事業もやっています。

震災後の仮説住宅の子達向けの学習支援も、行政から委託を受けてやっていますし、今は通信高校も内部に入れているのでフリースクールに通いつつ、高卒の資格もとることができます。

フリースクールだけだと人数は多い時期もあるし、少ない時期もある。複数の事業をもつことで経営を安定させて、親御さんに金銭的な負担がゆきすぎない経営努力をしています。

●学校に通っている